神宮球場へ30年前の忘れもの(優勝)を取りに行ってきました。
 5月29日と5月31日に神宮球場へ優勝決定試合になった早慶戦(東京六大学野球)を見に行ってきました。今回は勝ち点(先に2勝)をあげた方が優勝ということで、かなり緊張して観戦しました。

  初戦は例のごとく早稲田の先発は斎藤君、慶応は竹内大助君で試合開始。超満員の観客の中で引き締まったいい試合が展開され、勝ち負けよりは伝統の一戦にふさわしい好ゲームでした。
  竹内君は完封ペース。ところが、あと2つのところでエラーが出て、最後はヒット1本で負けそうになるそんな試合展開でハラハラしましたが、福谷君が踏ん張り2-1で先勝。


  そのあとは新宿のラーメン二郎で食事して、羽田へ向かいいい気分で帰りました。
 
  よく日曜日は次男の中学校最後の運動会のために日帰りしました。長男、長女、次男と続いた9年連続の中学校の運動会も30日で終わりました。こんなことならあと一人くらいはと、近所のかわいい坊ちゃんを見るとそう思います。

  2戦目に勝てば優勝ですが、慶応が負けると3戦目の大一番を見に行くことにいていました。さすがに連勝は難しく早稲田の完勝で、最終戦に勝ったチームが優勝となり、運動会で学校が代休の次男と日帰り応援に行くことにしました。
 
 昭和52年4月から56年3月まで在学しましたが、当時は優勝と縁がなく、法政に江川選手や金光選手、早稲田に岡田選手、慶応は堀場選手や青島選手がいた時代でした。約30年前のことです。30年といいますけど振り返るとあっという間の30年間でした。残りが少なくなってきたことに危機感を覚える今日この頃です。

 そして迎えた31日早慶戦第3戦。開場前に神宮バッティングセンターで次男の練習をすませて入場し、いよいよプレーボール。

 名物の応援を楽しみながら、子供に「応援指導部、チアーリーダー部、ブラスバンド部の学生にとっても晴れ舞台でまさに練習の成果を出す大切な発表の場」であることを教えて、応援を楽しみました。

 負けると、わざわざ九州から何しに来たのだろうという恐怖心は、「今日の一日は勝っても負けても一生忘れない一日になる」と思うことでかき消され、開き直った前向きな気持ちで勝利を信じ、思う存分楽しむことが出来ました。まさに甲子園夏の予選や本戦のようなあとのない試合ですので、その一球一打は見応えがありました。

 斎藤君の疲労による不調もあり、ドラフト候補3投手を打ち崩してのみごとな試合運び、そして11季ぶりの優勝でした。

 長男より、「江藤監督が就任してから、1,000本スイングをしている」との話を聞いていましたので、地道な努力が、練習が、不可能を可能にするという慶応のスローガンそのものだと思いました。

 勝った瞬間は感無量でした。30年前の忘れものが見つかったみたいで。大切な忘れものを取りにきたような3日間でした。

上) 首位打者は早稲田の渡辺君 背番号13は法政、福岡工業出身の最優秀防御率投手三島君

上) 左から鳥栖高校出身の松尾君、中央が中京大中京高出身で6勝の竹内大助君、右が同じく中京大中京出身慶応の4番伊藤君
 長男はもう3年生、未だベンチ入りも叶いませんが、あと3シーズン最後まであきらめずに、目標に向かって地道な努力を続けてくれるものと信じています。

上) 昨年夏の福岡県大会を応援する修猷館高校野球部OB(左から九大の倉富君、長男、九大の古藤君)

  次男も来年は受験、しっかりと目標をもって野球と勉強に、長女も大検の試験が迫っており、あと一科目だけど気を緩めず、でもゆっくりと頑張ってほしいものです。

 リトルシニア野球連盟の日本選手権予選(宮崎市)にて 次男は福岡中央リトルシニア所属でスイッチヒッターです。